―存在とは何か

真理への飽くなき追究

真理について―老人はこう言った

真理について―老人はこう言った
 
国王が街道を練り歩いていると、老人が自分の太ももを叩いていた。
国王は「何をしているのか?」と尋ねた。
老人「遊んでいるのだ。」
国王「なるほど・・・一つあなたに真理とは何か尋ねたい」
老人「口にした真理は真理には程遠いよ」
国王「確かにそうだろう。しかし口にしてもらいたい。」
老人「では何とか騙ってみよう」
国王「それでは聞くが、この世で最も価値があるのは真理か正義か美しさか、この内のどれだろうか?」
老人「価値はないよ。どれも。価値と呼べれている物は全部偽物だよ」
国王「どういう事か?」
老人「人が存在するのは天(自然)の働きだが、天(自然)が存在するのは人の働きではない。
どうして人間が、天(自然)の価値を決めれようか?
人を作ったのは天(自然)だが、天(自然)を作ったのは人間では無い。
自分が作った物など何一つ無いのに、どうして天(自然)の価値を決めれるだろうか?
自分が作った物など何一つ無いのに、どうじて自分の物だといえるだろうか?
自分の物など何一つ無いのに、どうしてこの世の物に執着が出来るだろうか?
この蓄財は私の物では無い
この子供は私の物では無い
この身体は私の物では無い
この魂は私の物では無い
この考えは私の物では無い
私というものがそもそも無い
ゆえに他人というものも無い
 
万物は流転し、一定の所に留まる事もなく、一定の形に留まる事も無い。
魂は流転し、一定の所に留まる事もなく、一定の形に留まる事も無い。
 
我々が、認識する物は、始原の存在の一時的な集合体である。
それらを現象というのだ。
始原の存在は絶えず、引き合い、離れ合い、一定の形に留まる事は無い。
一時的な集合物である現象を我々は言葉で境界を引き、区別し分別をする。
ゆえに現象とは言象である。
しかし、元々、始原の存在はそれ以上、区別、分別、境界を引く事は出来ない。
ゆえに始原の存在の集合物である現象も本来、言葉で区別、分別、境界を引き事など、出来ないのだ。
 
あらゆる現象は始原の存在の部分集合であるから、あらゆる現象は分別する事は出来ない
ゆえにあらゆる現象は本質的に同じものだ
ゆえにあらゆる対立物は一致する。
あらゆる相対物も一致する
全ては硬貨の表と裏の様に表裏一体の存在である
 
動と静は同じものであり
陰と陽は同じものであり
善と悪は同じものであり
美と醜は同じものであり
上と下は同じものであり
始まりと終わりは同じものであり
私と他人は同じものであり
物質と精神は同じものである
 
表が存在すれば裏が必ず同時に存在する様に
単独で存在するものなど何一つなく、常に相反する性質が同時に存在する
 
ゆえに存在と無は同じものである
あらゆる現象は始原の存在の部分集合だが
始原の存在と無は同じものである
ゆえにあらゆる現象は無である
見かたによって存在にも見えるし無にも見える
我々が存在と呼んでいるのは、我々の次元からでしか覗けていないからであり
背後に常に無が潜んでいる。
無は無限である
ゆえに存在も無限である
 
あらゆる一切の現象は
 
無差別、
無区別、
無境界、
無意味、
無価値、
無対立なのだ。」
老人はこう言った。
 
国王はまたこう尋ねた。
国王「なぜ人は、騙し、誤魔化し、盗むのだろう。どうすれば世を治める事ができるのだろう?」
老人はこう言った
「人間は
頭がついていかないと誤魔化し
力が及ばないと騙し
楽がしたいと盗むのだ
 
あなた達は
知らないと思う事を恥だと教え
何としてでも手に入れる事を強制し
便利である事を価値だと教える
 
人が騙し、誤魔化し、盗むようになるのは当たり前ではないか
 
知らない事を知らない事とする事こそ知るという事であり
何かを為す事は出来ず、全ては為される事であり
便利である事には価値はないと教えれば
 
人は騙し、誤魔化し、盗む事はなくなるだろう。
 
外事に捉われ
頭がついていかないと誤魔化し
力が及ばないと騙し
楽がしたいと盗むような者はしまいに
偽りのない真実に見向きもしなくなる。
 
このような者は真理には程遠い。
 
しかし、このような者が知識を身に付け
自身をも巧妙に騙し、誤魔化し、盗むようになれば
このような者は真理には最も遠い存在となる。
彼らは、弁論家、評論家、知略者とも呼ばれるが
弁論家は何か、対立する議論が起きないとつまらないと感じ
評論家は何か事件が起きないとつまらないと感じ
知略者は何か知略をめぐらす物事が起きないとつまらないと感じる
これらは皆、外見の物事に捉われ、自分を見失っているのだ。
 
「汝自身を知れ」
全てはここから始めり、探究を続けば、やがて底が抜け、宇宙へ広がる。
そこは果てのない深淵へ繋がっている。
 
知らない事を知らない事とし
力が及ばない事を力が及ばない事とし
便利である事に価値はないとする者こそ
真理に近い者である
 
しかし、そのような者でも無垢な赤子にはかなわない。」
 
国王「あなたにこそ、我が国の政治を任せたい。報酬はいくらでもだそう。ぜひ引き受けてもらいたい。」
老人「国や肩書や金などしょせん作り事ではないか、どうして関心が持てようか?
万物は一定の形、性質に留まることなく流転する、一時的な現象にどうして関心がもてようか?
私は常に、万物と魂の流転の中に身を任せているだけだ。
万物の生成、魂の生成、宇宙の生成の視点から、この地球を眺めているのだ。
この世の出来事や、この身にどうして関心がもてようか?
お引き取り願おう。」
 
そう言うと、老人は、国王がもう何をいっても聞く耳を持たず
自分のももを叩いて遊びだした。