―存在とは何か

真理への飽くなき追究

この世の苦悩について―聖人はこう言った

この世の苦悩について―聖人はこう言った
ある人里離れた森の中にひっそりと聖人が暮していた
真理を求めた青年は、聖人を訪ね、こう尋ねた。
青年「ああ、私のこの苦しみはどうすれば、ああどうか、聖人よ、私のこの苦悩を取り除く方法を教えて下さい。」
 
聖人はこう言った
「なぜ、苦しむ必要がある。
なぜ悩む必要がある。
自ら何かを為す事など出来はしないのに、どうして悩めようか
自分の意思で何かを為せる、自分の意思で選択できるという誤った思いこみが、そのような悩みを生むのだ
何かを為したと思った事は、すべて為された事だ。
すべて成るように成るのだ。
すべて在るように在るのだ。
私のちっぽけな意思などおかまいなしに。
その私のちっぽけな意思ですら
この私のちっぽけな存在ですら
私の意思で生まれた物ではない。
 
およそすべての苦悩は、私の存在に価値や意味があるという誤った思い込みから生じる
まわりの皆がそのように演じているから
自分も真似して演じている内に
しまいに自分が演技をしていた事すら気づかなく演じるようになる
まわりがそのように信じているから
自分も真似して信じる内に
しまいに自分が信じていたことすら忘れて信じるようになる
それを宗教と呼ぶのだ。
自分を大切にしなさい
自分には価値がある
私とはかけがえの無い物だ
この宗教はそう教える
どうして、この身に価値があろうか
どうしてこの身に意味があろうか
この身を作ったのは私ではない
この魂を作ったのは私ではない
私は自然から作られた一部にすぎない
そして自然を作ったのも私でない
どうして私の価値を私の意味を、私が決める事が出来るだろうか?
どうして自然の価値を自然の意味を私が決める事が出来るだろうか?
価値や意味を与えるのは私の仕事では無い。
そんな物、自然を作った存在の神にでもまかせておけ
 
人間が信じている意味や価値などすべて人間が勝手に作った偽物だ
元々、自然や私の存在に意味や価値は無い。
自分の存在に勝手に自分で意味や価値を作り出して
その意味や価値を傷つけられると悩む、苦悩する
自ら元々、無い価値を作って、その作り物の価値が失われそうになると苦悩する
愚か者とはこのことか
自作自演とはこのことか
 
皆、この私には価値があると思い込み、それが失われそうになると苦悩する
私に価値や意味なんて無い
勝手に価値や意味を作ってそれが失われそうになると苦しんで一体何がしたいのか?
 
知識、それは禁断の果実だ
知識、それは危険な果実だ
知識、それは神の果実だ
知識、それは禁忌だ
 
取扱いを間違えば、その身を滅ぼす
 
知識は自らを愚かにし
知識は自らを苦しめる
知識は自らを不自然にする
知識は自らを傲慢にさせる
 
知識、それは人間の罪だ
 
ゆめゆめその事を忘れぬよう
 
知を愛する者は気を付けねばならない
知を愛する者は徹底的に謙虚であらねばならない
知を愛する者は、知る事のみを目的としなければならない
知を愛する者は、知を世界への理解のみに利用しなければいけない
知を愛するものは、知る事は遊びだと思わなくてはいけない
そいて、遊ぶ事とは、遊ぶ事のみが目的であるように
知る事とは、知る事のみが目的であらねばならない
 
しかし、人間が知った事など真理には程遠いと思え
真理とは果てしない深淵である。
その深みを直視できる者のみが真理にかすかに触れる事が出来る