―存在とは何か

真理への飽くなき追究

死んだのは誰なのか?ソクラテスと優子さんの対話

―愛犬を医療ミスで亡くした優子さんとソクラテスの対話
 
優子さん「悲しいです、本当に。先週、愛犬のお腹にシコリのような物があって、獣医に見せたら、もしかしたらガンかもしれないって言われたんです。レントゲンでは分からないから、一度お腹を開けて実物を検査しないとガンか分からないって。それで、私、もしガンだったらかわいそうだから、検査を受けたいと思いますって言ったんです。その後、愛犬がは手術台に乗せられて、お腹を開けなくちゃいけないから、麻酔を打ったんです。でもその麻酔の量を誤って打ってしまったらしく、呼吸が出来なくなり、死んでしまったんです。獣医はこちらのミスだからお金は請求しない、申し訳ないって誤ったんですけど、私、もう、悲しくて。検査さえ、受けなければって、ごめんねって謝っても、もういないうんです。。。」
ソクラテス「心中ご察しするよ。」
優子さん「7年間、ずっと一緒だったんです。でも、こんな一瞬で離れ離れになるなんて。こんな一瞬で、、何で死んでしまったんだろうって。。」
ソクラテス「でも、僕はよく分からないな。」
優子さん「私のこの気持ちが分からないんですか!!」
ソクラテス「いや、そうじゃないんだ。君が言う、死んでしまったと言った事が分からないんだよ。」
優子さん「どういう事ですか。死んでしまったのは事実じゃないですか。もう愛犬は戻ってこないじゃないですか」
ソクラテス「いや、だからその死についてだよ。君は死んでしまったと言ってるけど、死んだと言うからには死という事を知っていなくてはいけないよね?君は死とは何かしっているのかい?」
優子さん「当たり前じゃないですか!死とはいなくなることです。現に今ここに私の愛犬はいません。」
ソクラテス「いなくなるとは無になるという事かい?」
優子さん「そうです」
ソクラテス「つまり死とは無になる事だと」
優子さん「はい。」
ソクラテス「じゃあ死なんて無いじゃない」
優子さん「はい?」
ソクラテス「君は何かを考えたり感じたり出来るという事は、その何かが在る事を認めるかい」
優子さん「えーと…まぁ」
ソクラテス「君は水について考えたり、感じたりする時、水が在る事を認めるかい?」
優子さん「それはもちろん。」
ソクラテス「では、水が無ければ、考えたり、感じたりする事も出来ない」
優子さん「はい」
ソクラテス「無ければ、知る事はできない」
優子さん「そうですね」
ソクラテス「つまり無は無い」
優子さん「・・・」
ソクラテス「死が無なんだったら、無は無いんだから死も無いじゃないか」
優子さん「・・・そんなの詭弁です、屁理屈です!現に私の愛犬はここにいない、それは死んだからじゃないですか」
ソクラテス「でも君の愛犬は本当に死んだのかな?」
優子さん「どういう事ですか?」
ソクラテス「うん、例えばここに君の死体があるとする。さて君は死んだのかね?」
優子さん「当たり前じゃないですか。死体って死んだ体と書いて死体っていうんですよ?その名の通り、死んでいます」
ソクラテス「では君とは生きている体の事なのだね?」
優子さん「まぁそうですね」
ソクラテス「君とは体の事だ」
優子さん「ええ」
ソクラテス「では、事故で手が無くなった場合、君なのかい?君ではないのかい?」
優子さん「いやいや、手が無くなっても私は私です」
ソクラテス「じゃあ足が無くなったら?」
優子さん「それも私です」
ソクラテス「じゃあ、心臓が無くなったら?」
優子さん「それも私です」
ソクラテス「ふむ、君とはいったいどこの体の事を言っているのだい?」
優子さん「脳、でしょうか・・・さすがに、脳が無くなったら私ではないと思います」
ソクラテス「なるほど、では脳が君なのだね」
優子さん「そうなりますね」
ソクラテス「脳は物質だよね」
優子さん「そうですね」
ソクラテス「では、科学技術により、君とまったく同じ脳だけをを複製したとする。その脳も君と言う事かい?」
優子さん「うーん、それはどうなんでしょうか、何か違う気がします。」
ソクラテス「では、君が双子で生まれてきたとしよう。知っての通り、双子は遺伝子が100%同じだ。君と相方は、特別な施設で、まったく同じ環境で同じように育てられたとする。さてまったく同じ体を持つあなたの相方は君と言えるのかい?」
優子さん「それは、違います。確かにそれは姿も行動も私と似ているかもしれませんが私は私です。」
ソクラテス「つまり君と全く同じ体でも、それは君じゃない」
優子さん「はい。そうです」
ソクラテス「つまり君は体の事ではない」
優子さん「あれ、まぁそうなりますね。じゃあ私とは何の事なんでしょう?」
ソクラテス「私とは考えてみるとよく分からなくなってくるね」
優子さん「はい」
ソクラテス「よく分からない、だけど、私とは誰だろうかと考えている事は確かだ。」
優子さん「そうですね」
ソクラテス「つまり私が在るという事よりも、考えが在るという事の方が確かだ」
優子さん「はい」
ソクラテス「つまり、私とは、考えられた事の一部の可能性がある。」
優子さん「そうかもしれません」
ソクラテス「ところで考えとは何かね?」
優子さん「えーと、考えているのは脳だから、あっ、考えとは脳の事ですね」
ソクラテス「ふむ、所で考えとは直接触ったり見たりする事が出来る物かね、出来ない物かね?」
優子さん「出来ないです」
ソクラテス「では考えは物質かね?精神かね?」
優子さん「精神だと思います」
ソクラテス「脳は物質かね?精神かね?」
優子さん「物質です。」
ソクラテス「では、精神である考えが、物質である脳だというのはおかしいじゃないか」
優子さん「まぁそう言われればそうですけど、じゃあ何で脳は感じたり、考えたりする事が出来るんですか。感じたり考えたりする事も出来るのが脳、そうだ、脳は物質でもあり精神でもあるんだ!」
ソクラテス「脳は物質でもあり精神でもあるか。それは何も言った事にはなっていないよ。脳は物質かつ精神、なら脳=物質=精神だけど、物質=精神ではないもの。物質は重さも、速さも大きさもあるけど、精神に重さも速さも大きさも無いもの。」
優子さん「ぐぬぬ、、」
ソクラテス「君はどうしても脳は物質でもあり精神でもあると言いたいみたいだけど、それは簡単なトリックに引っかかっているだけなんだ。」
優子さん「トリック?」
ソクラテス「例えば、水の中に魚がいるとしよう。水は魚に影響を与えるし、魚は水に影響を与えるだろう。でも水は魚ではないだろう?」
優子さん「当たり前ですね」
ソクラテス「そうだ、当たり前だ。脳である物質は精神に影響を与える。同様に精神は物質に影響を与える。でも物質=精神、つまり脳=精神ではない。物質と精神の間にどのような相互作用の力が働いているのはわからない。でも、何らかの力が働いているのは確かだろうね。」
優子さん「うーんなるほど。」
ソクラテス「つまり、物質=精神ではないのだから、物質がバラバラになったからと言って、精神がバラバラになるとは限らない。水の中の魚が死んでも、水はなくならない様に。」
優子さん「つまり、肉体は死んでも、精神は死なないという事ですか?」
ソクラテス「それは分からない。でも肉体が死んだからと言って精神も死んだと断言するのはおかしいと言ったんだ。」
優子さん「そうかもしれません」
ソクラテス「所で、前に言った事を覚えているかい?私とは何かと考えるとよく分からない。でも私とは何かと考えているこの考えが在るのは確実に言える事。つまり、私が在るより考えが在るという事の方が確実な事。つまり、私とは、考えの一部かもしれないと。」
優子さん「はい、私よりも考えそれ自体の方が確実だという話ですよね」
ソクラテス「そうだ、つまり私とは考えの一部だとしたら、私=考えとする事が出来る。」
優子さん「ええ」
ソクラテス「先程、考えは精神であるとした。そして考えは私だともした。そして肉体は死んでも、精神は死ぬとは限らないとも。つまり、考えとは精神であり、私とは精神であり、精神とは肉体ではないと。」
優子さん「はい」
ソクラテス「つまり、肉体が死んでも精神である私が死ぬとは限らない。」
優子さん「そうなりますね。」
ソクラテス「ところで君の愛犬とは、肉体である犬の体の事を指しているのかね、それとも犬の肉体に宿る精神の事を指しているのかね」
優子さん「そんなのどっちも指しているに決まっています」
ソクラテス「そうか、でもさっき、言ったように、科学技術で、同じ肉体は複製できる。物質は複製する事ができるのだ。愛犬とまったく同じ遺伝情報を持った犬、それを自分の愛犬と君は言うのかい」
優子さん「それは断じて違います。同じ姿をしていても、その犬とは心が通じ合っていません。」
ソクラテス「つまり、君が言う愛犬とは、愛犬の体の事を指しているのではなく、愛犬の精神の事を指していると。」
優子さん「その通りです。」
ソクラテス「では、君の愛犬が死んだかどうかは分からないじゃないか。愛犬は精神の事を指しているんだろう?肉体は死んでも精神が死ぬか分からないじゃないか?」
優子さん「そうかもしれません。」
ソクラテス「愛犬が死んでしまったかどうかは分からない。でも、死んだと決めつけたのは、他でもない君だ。君が、死んだと決めつけたから、愛犬は死んだ事になったのだ。」
優子さん「むむ、なんでそんなひどい事言うんですか!あの子も自分は死んだと思っているかもしれないじゃないですか」
ソクラテス「どうして自分が死んだと知る事が出来るのだ。死んだ時、自分はいないのだから知る事は出来ないじゃないか。でも生きていたら、死んでいない、つまり死んだ事は分からない。自分が死んだ事を知るなど不可能なのだ。」
優子さん「わかりました、そういう事にしておきます。」
ソクラテス「精神が死ぬとは限らない。君の愛犬の肉体は確かになくなってしまったかもしれないけど、魂まで無くなったかは分からない。じゃあ魂はどこにいくんだろう。もしかしたら、新しく生まれてくる他の犬か、人間か、はたまたありんこか・・・でもそうしてまた愛犬の魂に出会える日を楽しみにして生きていくのはどうだろう、よく分からないという事は、自分の気持ち次第と言う事だよ。」
優子さん「輪廻転生という奴ですか?」
ソクラテス「だから、それは分からない。でも、分からないんだから、愛犬の精神、魂まで無くなったと決めつけて悲しむのはどうかなと思っただけだよ」
優子さん「確かに()もし、愛犬の魂がまだ生きていたとして、私が死んだと決めつけたらあの子も悲しむと思います。」
ソクラテス「そうかもしれないね」
優子さん「はい、だから私、またあの子の魂に出会える時を信じて、自分の魂も磨いていこうと思います。」
ソクラテス「その通り、いずれ確実になくなる肉体よりも、魂を磨いて生きる方がよほど、賢い生き方だ。」
優子さん「はい、今日はお話ありがとうございました。」
ソクラテス「こちらこそ、楽しい時間をありがとう。お呼びとあらば、ぼくはいつだって駆けつけるよ、ゼウスに誓って。」
優子さん「なにそれ()じゃあまたね」